2015年9月19日土曜日

安全保障関連法案の成立について思う事

2015年09月19日

 本日02時18分頃、安全保障関連法案が参議院の本会議で採決され成立しました。新規の法案が成立してできる事が増える、にもかかわらず未来に対して喪失感があります。言うまでもなく、私たちが奪い取られたものは「平和」です。

 政治家の目立つ言動についてはパフォーマンスとして見る事に慣れている。しかし、画面を通して見る反対活動は“本気”と感じられるものも多数ありました。これほど政治に怒りを感じた事はありませんし、これほど政治に美しさを感じた事もありません。

 集団的自衛権は、同盟国の要請に基づき防護するものです。自国の防護を目的とする集団的自衛権という事は論理として成立しません。条文で説明する「自国の平和が根底から覆され他に取るべき手段がないとき」に発動するものが、集団的自衛権であるとは思えません。実際に発動する機会がないように読み取れるものの、抽象的な条文は幅広い解釈ができます。

 この法案は「成立してがっかり」では済まない代物であり、むしろ更に声を上げる事が必要です。世論が与党を敵視するのは、必ずしも法案の内容に起因しての事ではないと思う。敵対感情の根源は、反対を承知の上で世論を無視する与党の態度にある。私たちは政権交代、そして法改正を議論できる事を忘れてはいけません。

2015年9月18日金曜日

参議院委員会における安全保障関連法案の採決について思う事

2015年09月17日

 13時から採決の間、国会中継を通して安全保障関連法案の質疑を見ました。「委員長不信任動議」の否決後、いつの間にか採決をしている様子で政権に強い怒りを感じます。NHKの実況説明も与党議員が起立をしているので採決をしていると判断するような状況でした。
 後から知ったのですが与党の委員会外の議員が委員長を取り囲んで採決をしたようです。委員長の発言が聞き取れない中で与党の議員に起立を促して採決をしました。

 私は反対派です。民主的な採決なら多数の主張を受け入れる事も必要です。しかし、プロセスが中立的ではない事が世論の反対を増幅しました。民主主義の価値を実感します。

 対立において自分では正論と思っている主張は実際は偏重していて、その事を理解できないケースが存在すると思う。それが価値観であり思想の違いです。どうしても発生するものであり、解決の努力が必要です。立法において国会はそのための機関であり、その混乱は努力の不足にあると思う。
 対論の否定は、持論の相対的な価値を上げます。しかし、持論の価値は上がりません。否定合戦は向上的な努力がないものであり議論ではありません。

 他者の価値観や思想を否定するのなら、それなりの根拠が必要でありそれには“知る”ということが大事です。それがあって初めて納得させられるだけの論理を展開できると思う。そもそも、知りもしないで否定をすることは礼儀の観点からも適当ではありません。ここでいう“知る”というのは対論の弱点を見つけ、反論できないような議論を展開する事ではありません。議論は納得させる事で磨きがかかり、発展するものです。

2015年09月19日02時28分
投稿内容に指示対象が明確ではない箇所があり、該当箇所を補足しました。
投稿内容に事実関係が明確ではない箇所があり、該当箇所を修正しました。

2015年9月16日水曜日

安全保障関連法案について思う事

2015年09月16日

 安全保障関連法案について私は反対派です。政府の姿勢は強引であり週内に採決という見方が強まっている現状について、反対であろうが賛成であろうが不信感を持つのは当然の事だと思う。
 結論を言うと、現段階での採決に反対します。与党は「経済政策の信を問う」として総選挙で過半数の議席を獲得しました。安全保障関連法案に対して、世論は反対派が多数なのは明らかであり国会の多数決で成立させる事自体に問題があります。

 反対派と賛成派が互いの論理に納得はしなくても、せめて知る努力をした上での議論を重ねる必要があると感じます。反対派にも賛成派にも、極端な主張が目立ちます。賛成派の特に政府の主張は論理性に欠ける答弁が度々見られるように、法案の必要性を説明する事においても納得させるだけの理由がないと思われます。反対派が多用する“戦争法案”という表現について、長期的に見てそうなるリスクをはらむものの直結するものではないと思う。

 私は他者との価値観の違いを理解する事が大事だと常々感じます。テロ集団のような反社会的な勢力であっても多数の兵力を持つ、そして支持者がいる事はそれが無価値ではないという事でもあります。上記の事例は極端なものであり比較をするための記載ではありませんが安全保障についても互いの主張が価値のあるものだと認識する事が必要だと思う。

 しかし、安全保障関連法案を10まとめて採決するという政府の算段については自衛隊の活動について大幅に拡大するのか現状維持なのか極端な2択を迫るものであり中間がない。政治では「郵政改革」「大阪都構想」等、賛成か反対かの2択を迫る事は常套手段です。安全保障関連法案については10法案まとめて賛否を問うものであり、事実上は幾つもの選択肢が除外されている事に反対派と賛成派が歩み寄れない1つの理由があるように思われます。
 多数の法案を成立させるのなら1つずつ議論を重ねて採決する事が民主的なプロセスと思う。多様な価値観があり法案毎に賛否が割れるのが自然です。政府が10法案まとめて採決に固執して、それに賛同する得票が過半数を占めるのなら客観的に見てむしろ不自然です。

 「閣議決定で集団的自衛権を容認」「日本国憲法96条の改正を議論」「法制関連の人事」等の世論を無視するプロセスが政治的な不信感を強めたと思う。価値観のぶつかる事はあっても、そのプロセスは中立的なものである事が民主主義の必要条件と強く感じます。

2015年8月21日金曜日

クローバー発見

2015年08月19日

クローバーが目につき何かを感じました。
よく見てみると4つ葉のクローバー。
翌日に再度見てみると実は2つ並んでいることに気がつきました。


突如現れた幸運の象徴。
個人にとっての幸福の1つは自身の満足できる努力が実る事だと思う。
自身で試行錯誤して、満足できる努力ができることは幸福な事だと実感している。
そしてその努力が実る事も重要な過程の1つであり、その上で何をするのかが目的となる。


  • 努力できる環境
  • 努力できる自分
  • 将来のビジョン


これがあっての努力が実るんだと思う。
クローバーの発見は幸運を味方につけて気持ちが上向くような感じがする。

blogを開設しました

2015年08月15日

[心に移りゆくよしなし事]
開設にあたり
blog[読書記録]は http://oishikohei.blogspot.jp/ から http://dokusho-kiroku.blogspot.jp/ に変更しました。

「心に移りゆくよしなし事」とは兼好法師の随筆「徒然草」の序段に使用された表現です。
筆者が中学校の国語でいい言葉であると思った表現でもあります。

「徒然草」の序段
つれづれなるまゝに、 (用事もないので)
日ぐらし、 (一日中)
硯にむかひて、 (硯に向かい)
心に移りゆくよしなし事を、 (心に浮かぶたわいもない事を)
そこはかとなく書きつくれば、 (とりとめもなくに書きつけていると)
あやしうこそものぐるほしけれ。 (怪しいものになった)
本blogはタイトルにあるように筆者の思う事をとりとめなく書きつづる日記のようなものです。
現在のところ、明確な執筆傾向はありません。

facebookやGoogle+等のSNSで事足りるような感じですが、以下の理由から開設しました。
SNSはその時々で、最新の投稿に置き換えられるようなイメージがあります。
近況を発信することに加えて日記では書いた事を残す必要がありblogという形式を選択しました。

発信が主な用途ではないのですが公開で投稿をします。
よろしくお願いします。