2016年11月9日水曜日

アメリカ大統領選挙、潜在的な世論

 アメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプが次期大統領に当選したことについて思ったこと。

 わたしは、先月にアメリカ大統領選挙の討論を視聴しました。わたしの興味は、共和党候補、ドナルド・トランプが本当に日本で報道されているような大統領の資質のない人物なのか知ることにありました。
 他国の政治家の話であり、どちらが選出された方がいいとか、とやかく言うつもりはありません。しかし、ドナルド・トランプがどういう人物かを見極めることは、批判を繰り返していた日本の報道の信頼性を確かめることでもありました。そういう意味で、アメリカ大統領選挙の討論を視聴することは重要でした。

 結論として、ドナルド・トランプは、日本で報道されるほど信頼できない人物ではないと思います。わたしは、アメリカ大統領選挙にそれほど注視していなかったので、先月の一度の討論で形成された候補の印象は、実際の人物像を的確に捉えられていないかもしれません。しかし、それでも自分なりの考えを持つことができました。

 そもそも、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの支持率が拮抗する中で、日本のメディアによるドナルド・トランプを一方的に批判する見方に対しては疑いを持っていました。当該国で、それなりに指示されている候補を、日本で批判する。しかも、日本の視聴者の意見はメディアによって形成された世論が中心であり、候補の全体的な評価をよく知らずに批判しています。これは、噂を信じ込んで、事実を確認しないままに誰かを否定的に評価するという、危険な傾向だと思いました。
 メディアが報道の内容を一面的なものに偏重させることで、世論は各争点の中から一部の争点の重要性のウェイトを大きくするよう形成されます。これを、メディアの「プライミング効果」というそうです。

 アメリカ大統領選挙の討論の後に、夕方の報道番組が点いていました。わたしは、さっき観たから知っているんだけど・・・、なんて思いながらテレビに目をやりました。
 そして、日本のメディアのあり方についての問題を感じることになりました。その時に視聴していた、ある民間放送は、候補の発言を直訳しないで過激な表現に訳し替える、或いはその部分だけを抜き出すことで意図的に話を盛っていました。
 わたしには、報道番組をエンターテインメント的なものにするために、話を盛って事実をねじ曲げることすらいとわない、面白ければいい姿勢に見えました。報道が批判的なことに集中して、肯定的なことから目を逸らしていました。それが、一部の視聴者を楽しませていることも事実であり、必ずしもそういう報道を否定するものではありませんが、事実をありのままに伝えないことが、間違った世論を形成していると感じました。

 わたしにできることは、メディアが世論に与える影響力を学ぶことです。これを、メディアの「強力効果」というそうです。また、わたし自身がメディアに流されないこと。そして、現在の報道のあり方について異を唱えることが必要だと感じたできごとでした。

 それぞれのメディアの嗜好を、視聴者が判断した上で、視聴する番組を選び取れるような仕組みが必要だと思います。そのためには、直接的な影響力を持っている、メディアの内部にいるひとが、一視聴者としての意見を持つこと、そうした上でそれを反映させることは効果があると思います。正論を言う限り、主張に影響力はあるものです。

 アメリカ大統領選挙では、ドナルド・トランプについての批判が報道されました。しかし、報道されていた統計に反して、ドナルド・トランプは大統領選挙に当選しました。
 世論の少数派であるとされたドナルド・トランプの支持者は、支持の表明を控えました。意見を表明することによって批判を受けるリスクがあると考えたひとが、リスクを回避しようとした結果なのかもしれません。これを、「沈黙の螺旋」というようです。支持者の心理については、朝日新聞(2016年11月9日付、10面)を読んで気付かされました。そこには、ドナルド・トランプの当選のために、隠れ票に期待しているというような説明がありました(投稿時現在、販売中の紙面なので、引用は控えます)。
 選挙の結果が統計に基づく予想と異なったことは、世論調査が潜在的なドナルド・トランプの支持層の意見を拾い切れなかったからだと思いました。

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