以前、アナログテレビの頃、旅行番組に、ある女優さんが出演していました。「髪を染めたことがない」という紹介をされて、眉毛も自然で、耳にピアスの穴も開けていませんでした。そのような条件に当てはまるひとはいくらでもいるのですが、女優さんというのは着飾っているイメージがあり、新鮮に感じられました。
「~をしていない」「~がない」のような消去法的な理由からなのですが、素敵だと思いました。ただしドラマを視るわけではなく、ファンでもないのですが。
もしひとから好感を持たれたいなら、飾る必要はないと思います。マイナス要素を減らしていくうちにそのひとの本質が見えてきます。他人に流されないで我が道を行く強さや、内面の美しさがにじみ出るように。
わたしは身だしなみ程度のおしゃれは必要だと思いますが、度を越えるとチャラい域に入って、ひとからの評価を下げると思います。ただし、それは価値観の違いであり、それはそれでありだとも思っています。我が道を行く他人を否定するつもりはありません。
確かなことは、過度なおしゃれはそのひとの内面を覆い隠すことです。ショッピングモールで買い物をしていると厚化粧な店員さんに話しかけられました。表情が読めない、顔色も分からない。声で判断する、笑っているのかもしれない。
この店員さんはチャラい、という先入観が先行して、それ以降の印象の形成を阻んでいました。他人を外見で判断してはいけない、とは思いますが短時間の店員さんとのやり取りでは外見のチャラさがものをいいました。
重ねていいますがわたしは他人の価値観はひとに迷惑をかけない限り認めていきたいし、自分とは違うものを理解できないからといって否定をしたくはありません。そう思うと、この店員さんにとっては、外見によって損している分以上に何かしらの利益があるんだと思えました。
(今回の文章は、以前に書いておきながら未投稿だったものであり現在のできごとではありません。一年以上もリストの底の方に眠っていた話題で、これ以上置くと本当にお蔵入りになりそうなので投稿しておきます。)
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