「こんな人と友達になりたくない」
わたしのブログを発見した妹がこんなことを言っていたらしい。確かに政治の話は堅い・・・。反論できないわたし。そういうわけで、趣向を変えてプライベートな話。
わたしのブログを発見した妹がこんなことを言っていたらしい。確かに政治の話は堅い・・・。反論できないわたし。そういうわけで、趣向を変えてプライベートな話。
わたしのスマートフォンには2つの楽曲が入っている。 この2曲を多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだと思うが、 わたし自身は満足している( 大多数の人は少ないと思うかもしれない)。もちろん、 音楽プレイヤーがなくても事足りるのでそんなものは持っていない。
カラオケに初めて行ったのは一九歳のとき。
仲良くしてくれた先輩に誘われて不安半分、 未知の経験へのドキドキが半分で入室!そこで気が付く―― 持ち歌がない!音楽に興味を持たなかったわたしには、 とても数時間歌えるようなレパートリーがなかったのである。わたしは2曲目を入力するよう言われて困った。
よくよく考えてみればフルで歌えなくても歌詞が出るから歌える楽 曲はあるのだが、よく知らないがゆえに、 入力するのに二の足を踏んだ。結局、先輩の助けを借りながら、その場をやりきった。それでも思い返すと心がほっとして、大事にしてくれた その先輩をありがたく思った。
話を戻すと、わたしの常備?している楽曲は2曲。その他にも好きな楽曲はあるので、趣味で聴くためのものなら、2曲というのは少ないと思う。だがわたしの用途には思い入れのある2曲で充分。
わたしは音楽を、 気持ちを高めたいとき、元気になりたいときに聴いている。 本当に心に響く歌を大事に、 ここぞというときに聞いて元気になるためには、 わたしには何千曲、何万曲も入る音楽プレイヤーはいらない。だからわざわざ持ち歩く必要もない。
わたしは音楽を、
わたしとは反対に、妹と弟(3人兄弟)の日常は音楽で溢れている。
以前に妹が、ある楽曲に飽きたという話をしていた。
ではわたしの兄弟は音楽が好きではないのか?ときかれると断然、 わたしの比じゃないくらい音楽を好んでいる。わたしは、 流行に乗る兄弟を、好みを持たないで周りに流されていると捉えて、 本当に好きな歌はないのか?と疑問に思っていた時期がある。音楽に感動する基準はなんだ? そもそも何に感動を求めているのか?容姿端麗なヴォーカル? 流行に乗っているという優越感?周りと一緒という安心感? 或いは流行の歌を知っていることが一種のステータスになっている のか?
妹が言っていたのは、「 下手だけど頑張って歌うヴォーカルがかわいい」という一言。 なるほど、 聴いた人を感動させることができれば歌の上手い下手は関係ない。わたしと妹では音楽に感動する視点が違っていたのである。歌の上手い人はざらにいる、 テクニックを見せつけても感動に至らなければ購入して聴く必要は ない。歌詞をなかなか思い出せないで、 新曲にどんどん乗り換える。それは楽曲の中身以上に、 アーティストを支持するファン心理なんだなと思った。
わたしは絶対的に支持するアーティストがないので、
だからといってカラオケで困らない程度の持ち歌は必要だと思うの
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