本月、七日。
祖父と福寿草の群生地に行ったときの話。
このようなパワースポット的な雰囲気を感じる場所では、縁起物に肖りたいと思ってしまうものです。その場所がパワースポットであるという根拠や逸話はないのですが、ありがたい感じがしました。わたしは、「福寿草」は「 ふく、ことぶき、くさ」であるからそう感じるのか、そもそもそういう名前がついているのは何らかの理由があるはずだとか、とりとめのない考えを巡らせました。それがこんなに咲いているなんて、どれだけ縁起のいいことやら。
ただし、縁起物を見たところで、わたし自身、事実として何も変わってはいないとも思ってしまう。肖りたいと思うだけでは他力本願であり、ここで絶対的に必要なのは幸福になるための行動だと、自分に言い聞かせる。
スマートフォンのカメラで撮影しまくっていたわたし。重電残量が規定値を下回りカメラがダウン。画面に表示されたのは「 16:00」の文字。閉園時間も一六時。 最後に見つけたのは一輪のこちらに向いた大輪でした。
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